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2007.08.15 Wednesday

62年目の終戦とばあちゃんの被爆体験

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    私には長崎で原爆に被爆しているばあちゃんが居る。

    ばあちゃんは長崎で健在だが、79歳であり、
    長崎に原爆が投下されたときには16歳であった。

    今年の夏は、
    弟と長崎にて初めてばあちゃんと被爆体験に付いて語り合えた。

    小学生のときから原爆の悲惨さに付いては映画や、漫画などでみており、
    両親からばあちゃんは被爆者なんよと聞いてはいたが、
    大人になって初めてじっくり聞けた。

    被爆者手帳も初めて見た。

    そこには爆心地からわずか2.6キロメートルの地点で被爆したとの証明がなされていた。ばあちゃんは16歳で軍の要請により昭和20年の2月頃から長崎市内で看護婦として招聘されていた。

    半年ほど貧しく苦しい看護婦生活をしていた夏の日、今年と同じようにうだるような暑さの中、病院内で被爆。

    防空壕に避難した後、何もかもが吹き飛ばされ焼け尽くされた町中を出て、
    この世のものとは思えぬ死体であふれている浦上川をたどって
    親戚のうちに避難し、数日過ごした後
    長崎市外から少々離れた海沿いの実家に戻ったそうだ。


    その後ばあちゃんは三菱関連の工場で働きだし、
    そこで知り合ったじいちゃんと結婚し、うちの父を産むことになる。

    つまり、私は被爆3世ということになる。
    私の体には被爆者の血が流れている。

    今の若者にかぎらず中年世代でもすでに
    戦争の記憶や被爆者の経験談を知らない人が増えてしまっているが、
    絶対に戦争と原爆には反対である。

    今の総理大臣を始め多くの国会議員は、大日本帝国が導いてしまい、
    起こされてしまった未曾有の悲劇を忘れてしまっているような気がする。

    いや、政治家だけではなく国民の非常に多くが、
    忘れてしまっている気がする。

    昨晩は某国営放送で極東国際軍事裁判の
    パール判事にまつわるドキュメンタリーを放送していたが、
    日本のA級戦犯と言われる人々は、
    国際法上、彼らを有罪とする法律が存在していなかったのだから
    全員無罪であるというパール判事の指摘はまったくもって正しい。

    判事は日本への同情ではなく、あくまでも法の精神にのっとり、
    国際法や法治社会への貢献のためにロジカルに判断した結果、
    全員無罪としたそうである。

    この指摘を日本国民がどれほど知っているだろうか。

    マスコミや教科書で表現されていることしか知らない国民が増えているのは
    非常に危険なことだと思う。

    しかし私は、自分の血に誓って絶対反対である。
    特に非核3原則は、早々に法制化してもらいたいものである。

    そんな62年目の終戦記念日であった。
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