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2009.07.05 Sunday

戦争と抒情

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    まだ7月であるが、真夏に開催されそうな「戦争」について考えるとあるフォーラムに参加してきた。

    **************【告知】****************
    日本戦没学生記念会(わだつみ会)発足60周年
    わだつみフォーラム

    「戦争」と「抒情」

    なぜ若者は「特攻」にむかったのか
    なぜ「特攻」攻撃に民衆は熱い賞賛を送ったのか
    「特攻」を敢行した国家や軍部の論理はどこにあるのか
    戦後における「特攻」の言説にひそむ問題とは何か

    なぜ
    「特攻」作戦は生まれたのか。
    「特攻」という問題を中心に、
    「抒情」が事態を見えにくくする日本の危うさを論考する!

    日時:7月4日(土)14:00~16:30(13:30開場)

    場所:中央大学駿河台記念館(JR御茶ノ水駅下車)

    講師:八柏龍紀(作家)
    参加費:500円
    主催:日本戦没学生記念会(わだつみ会)http://tokyo.cool.ne.jp/wadatsumikai/
    協力:NPO法人学生団体新人会http://www.shinjinkai.com/
    ***************************************************

    こちらの会の前後に予定が入っていたため、全てを聞けた訳ではなかったが、
    かなり手厳しい内容だった。

    民放の特集番組はもとより、映画で取り上げられる「特攻」や「太平洋戦争」というものがいかに偽装されて美化されて語られていたのか、史実を知っている者からすると空虚で薄くて軽い内容になっているか考えさせられた。

    特に特攻基地として名高い「知覧」の歴史博物館ですら、実際にはほとんど特攻には使用されなかった戦闘機「三式ヒエン」「四式ハヤテ」が展示されており、意図的に美化する流れがありありと流れているらしい。

    皇紀2600年に生産された「ゼロ式」というのがいわゆる「ゼロ戦」であるが、その後に「一式ハヤブサ」「三式」「四式」と新しい戦闘機が生産された。しかし、特攻に使用されたのはそれよりも古い「96式」「97式」「99式」だったそうだ。もちろんこの話自体も自分で確認せねばならないのだが、いかに人々が与えられた情報をそのまま鵜呑みにして歴史認識を作り上げているのかが透けて見えて恐ろしくなった。

    もちろん悲惨な過去の現実を美化すること自体は、人々の想いの発現たる主義主張の一種であるので自由であるのだが、それを受け止める我々が「お約束」というかそういう装飾がなされていることをあらかじめ解った上で見学せねば間違った印象を受け止めてしまうことになる。

    昨今のテレビ番組のレベル低下、マスコミの取材力の低下がさけばれているが、それを批判する番組や某国営放送のまじめな番組でさえよくよく事実を照らし合わせなければ謝った認識を持ちかねない、危険な時代に突入しているということなのだろう。

    八柏さんが前半の最後に引用された、『「他人の死から深い感銘を受ける」というのは、生者の傲岸な退廃である』(白鳥邦夫「京都大学新聞」1962年5月7日発刊)という言葉が胸に残った。
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